
コンテンツ
- 1 米津玄師×羽生結弦「BOW AND ARROW」対談──弓と矢、そして”結弦”
- 1.1 動画の主な内容
- 1.2 要点まとめ
- 1.3 羽生結弦さんが滑る「BOW AND ARROW」ショートプログラムver.
- 1.4 お互いの印象──「僕からしたらもう神ですよ」
- 1.5 MVのオファーは「すごいプレッシャーだった」
- 1.6 「メダリスト」主題歌に込めた想い
- 1.7 羽生結弦さんが受け取ったもの──「全力で背中を押されました」
- 1.8 2分56秒≒ショートプログラムの尺──構成の裏側
- 1.9 「米津玄師の魂を可視化するために、削ろうと思った」
- 1.10 米津玄師さんから見た羽生結弦さん──張り詰めた空気の正体
- 1.11 自分を削り、研ぎ澄ませていく──「日本刀みたいなもの」
- 1.12 「ピースサイン」と「BOW AND ARROW」
- 1.13 “弓矢”と”結弦”──タイトルに宿った偶然
- 1.14 「BOW AND ARROW」ショートプログラム本人解説
- 1.15 羽生結弦さんと夜鷹純の共通点?
- 1.16 “幸せ”と”犠牲”──不幸ポイントと生きる証
- 1.17 まとめ
米津玄師×羽生結弦「BOW AND ARROW」対談──弓と矢、そして”結弦”
米津玄師さんの公式YouTubeチャンネルで、TVアニメ「メダリスト」オープニング主題歌「BOW AND ARROW」のMVで共演した羽生結弦さんとの対談動画が公開されました。お互いの第一印象から、楽曲とプログラムに込めた思い、そして「幸せと犠牲」という深いテーマまで、約57分の濃密な対話です。
動画の主な内容
- 00:00 イントロダクション
- 00:22 お互いの印象──「僕からしたらもう神ですよ」
- 03:45 MVのオファーは「すごいプレッシャーだった」
- 07:11 TVアニメ「メダリスト」オープニング主題歌「BOW AND ARROW」
- 07:54 米津玄師さんが「BOW AND ARROW」に込めた想い
- 10:34 羽生結弦さんが「BOW AND ARROW」から受け取ったもの
- 12:16 再生時間2分56秒≒ショートプログラムの尺
- 18:18 米津玄師の魂を可視化するために自分を削ろうと思った
- 19:29 米津玄師さんから見た羽生結弦さん
- 22:57 自分を削り、研ぎ澄ませていく──「日本刀みたいなもの」
- 26:17 「ピースサイン」と「BOW AND ARROW」
- 32:57 “弓矢”と”結弦”──タイトルに宿った偶然
- 37:37 「BOW AND ARROW」ショートプログラム本人解説
- 42:29 羽生結弦さんと夜鷹純の共通点?
- 43:44 “幸せ”と”犠牲”
要点まとめ
TVアニメ「メダリスト」オープニング主題歌「BOW AND ARROW」のMVで共演した米津玄師さんと羽生結弦さんの対談です。羽生さんは「僕からしたらもう神」「ハチさんの時代からどれだけ心のうちをえぐってもらえたか」と長年のファンであることを明かし、米津さんも「テレビの奥でとてつもない活躍をする、漫画の中から出てきたような人」と、お互いへのリスペクトから対話が始まります。
中盤の聞きどころは、楽曲とプログラムの創作論です。米津さんは「対面にいる選手を圧倒的に肯定する」という使命感で曲を作ったと語り、羽生さんは「コーチがいない状況で練習する自分の背中を全力で押された」と応えます。約2分50秒という”ショートプログラムの尺”に運命を感じた羽生さんが、スピンの回数制限や1本目のジャンプの位置まで、「ショートっぽいんだけどショートじゃない、でもショート」という構成を本人解説するパートは、競技ファン必見です。
タイトル「BOW AND ARROW」はサビの「手を離す」から連想して生まれ、名付けた後に”結弦”という名前に弓も弦も入っていることに気づいたという不思議な縁も明かされます。羽生さんの「コーチが手を離した瞬間から、僕らは飛んだ矢のごとく何もできない」という言葉が、弓と矢のモチーフとフィギュアスケートを美しくつなぎます。
終盤は「幸せと犠牲」という深いテーマへ。平昌五輪前に「不幸ポイントを貯めていた」という羽生さんの告白から、何かを生み出すことにしがみつくのは「性(さが)なんだろうな」という米津さんの言葉まで、ジャンルの違う2人の表現者が同じ価値観を共有していく様子が印象的です。
羽生結弦さんが滑る「BOW AND ARROW」ショートプログラムver.
対談で本人解説されているショートプログラムの映像です。イントロのツイズル、50秒過ぎの1本目のジャンプ、放たれた矢を表現したラストポーズなど、対談を読んでから見ると構成の意図がより深く味わえます。
お互いの印象──「僕からしたらもう神ですよ」
羽生結弦:僕からしたらもう神ですよ。実在するのかどうかわからない神みたいな。ボカロ文化も含めてとても好きで、ハチさんの時代から、どれだけ心のうちをえぐってもらえたか。曲から魂が聞こえるというか、叫びが聞こえるというか。そこに勝手に自分の中身をリンクさせたり、「こんな曲で滑りたいな」とか、自分が努力して頑張ってる時に泣かされたり。勇気っていう単語だけじゃ表せられないんですけど、えぐってもらえてたっていうか。
米津玄師:そんな風に聴いてもらえてるとは全く思ってなかったので、恐縮ですね。今回お話をいただいた時もそうだったんですけど、勝手に僕自身もシンパシーを感じていたというか。夜型人間的な思考はあるよなって。個人的に羽生さんに抱いていたイメージは、本当にテレビの奥でとてつもない活躍をする人。急に現れてあらゆる功績を残していく、本当に漫画の中から出てきたような。神様みたいな人にものすごいバランスで作られた人なんじゃないかっていう、非現実的な感じがあったんですよね。かつ、羽生さんは踊ってる時の眼光がすごく鋭い。人が変わりますもんね。圧みたいなものが同時にあって、とんでもなく美しいものを見てるような感覚がすごくありました。今こうやって対面で話してますけど、架空のものを見るような感覚が未だに。「あれ、あいつだったんかな」みたいな感じですよね。
MVのオファーは「すごいプレッシャーだった」
羽生結弦:フィギュアスケートのことを考えて作られた楽曲でもあるし、フィギュアスケーターとしての表現でなくちゃいけないなと思いつつも、人間とは思えない出力でやらなきゃいけないし。フィギュアスケートらしい強さと、いわゆるハイライトと呼ばれるものをバンと出しつつも、楽曲にすっごく寄り添いたい。楽曲が出したい物語に入るんだけど、そのものも表現したい、みたいな感じで作っていきましたね、あの曲は。
米津玄師:フィギュアスケートについてはほとんど門外漢で何も分からない人間なんですけど、羽生さんにオファーして受けてくれるとなった時に、すごく嬉しかったと同時に「この曲で大丈夫なんだろうか」って。「こんな速い曲で踊ってる人見たことねえぞ」と思って。
羽生結弦:フィギュアで使う速さじゃないですよね。
米津玄師:非常に難しいであろうなと自分も思っていたんですけど、滑ってる姿がもうそのものというか。ちゃんと音も取ってくださってる。羽生さんって音に対する意識がすごく強い人なんじゃないかというのを、テレビで見てた頃からなんとなく感じてはいたんですよ。しかるべきタイミングで、しかるべき音を織り込むという印象があって。それが今回のBOW AND ARROWにおいても全く同じニュアンスで踊ってくれているのを見て、ちゃんと自分の音楽を受け取って、真摯に向き合ってくれてるんだなという気持ちも乗っかって、トータル、一言で言うと「感激した」という言葉になりますね。
羽生結弦:でも正直すごいプレッシャーがかかってて。「米津玄師からオファーをもらったんだぞ」みたいな。米津さんが書いていた時にどういう映像だったんだろうかというのをすごく自分の中で想像して、自分という人間が可視化するんだったら、それプラスアルファで僕にしかできないエッセンスを入れて、もっともっと見えるようにしてあげようって。この楽曲が持つ強さと速さみたいなものを可視化して見せる、みたいな思いはすごくありました。
「メダリスト」主題歌に込めた想い
米津玄師:この曲を作るにあたっては、メダリストの漫画を繰り返し読んで、ほぼほぼ頭に入ったなと思ったら、もう読まずに自分の頭の中で想像しながら書いてる。その選手のことを圧倒的に肯定しなければならないという使命感で、ずっと作っていたのは覚えてますね。
米津玄師:そこに変な迷いとか「いや、自分なんて」みたいなものが紛れ込んではいけない。「大人になれたかな」みたいな迷いは若干入ってはいますけど、それはあくまで自問自答であって、対面にいる選手──いのりちゃんでも、メダリストの中の誰でもいいんですけど──その子に対しては圧倒的に「あなたは大丈夫である」「あなたはあなたでいること自体が、それだけで素晴らしい」。私とあなたという関係性をいかに美しく肯定できるか。それが叶わないことには、あの作品にふさわしい曲にならないだろうという確信があったんで、そこに対してどれだけ突っ込めるか、みたいな感じだったのはすごく覚えてますね。まさしく「人生2個分」背負ってる。あの漫画はともすればスポ根っぽく見えるし、実際そういう熱が強くある漫画だけれども、「気合を入れればなんとかなる」という話じゃない。「あなたはこういう人間で、こういうものが必要で」ということを理路整然とコーチ側が提示していく、風通しの良さというか。抑えつけるんじゃなくて、あくまであなたはあなたであることを尊重する形で大人が付き合っていくのが、すごく気持ちいいなと思ったんで。自分ももう33歳とかになって、割と年長の立場になってきたのも含めて、曲を作りながら「それって大事だよな」ということを改めて思い出させてくれた曲になったのかな、という感じはありますね。
羽生結弦さんが受け取ったもの──「全力で背中を押されました」
羽生結弦:僕はフィギュアスケーターだから、というのももちろんあるんですけど、ずっとこの曲を聞いて練習したり、1つの目標に向かって突っ走ってきたんですよ、この何週間も。ずっと背中を押され続けて、「飛べ」って言われたら飛べる気がしたし、「行け」って言われたらまっすぐ行けたし。僕、今コーチがいない状況でずっと練習をしてるんですけど、全力で背中を押されました、ずっと。この楽曲が持つイメージ、意味、価値みたいなものが全人類に響くだろうなって、ずっと思ってました。
米津玄師:あなたほどの人にそう言われると、もう説得力しかない。
羽生結弦:「行け」って言ってくれる人、なかなかいないんですよ、そもそも。理屈っぽくなっちゃうじゃないですか。「こうこうこうで、こうだからあなたは大丈夫だよ」じゃなくて、そんなのとっぱらって、全肯定ってやつで。「あなたはあなたでいいです、行きなさい」みたいなのが、もうすっごい清々しくて。振り向く必要もないというか。その勢いをただもらって僕は滑ってた気がしますね。滑りだけじゃなくて、人生においてもすごく力をもらっています。
2分56秒≒ショートプログラムの尺──構成の裏側
羽生結弦:原作がメダリストという作品で、約2分50秒という、フィギュアスケーターからして見たらショートプログラムのための尺という感じもあり。振りを作る前に、まずオープニングとして楽曲が出てきて、この撮影の前にフル尺がもう出てて、「これショートのために作ったのかもしれないよ、あの人」みたいになってて、どうしようってなって。でも僕が最初に想像した映像は、ジャンプもスピンもいっぱい散りばめられてたけど、スピンに入る動作やジャンプに入るための助走が全然見えなかったんですよ。アニメで表現されているような、雨に打たれているシーン、涙がブレードに伝わってブレードが錆びついてる姿、真っ暗なところと風をまといまくってる爽やかなところ、みたいなのがわっと浮かんでたんで、「これをプログラムにするのは無理だろうな」というのが最初にあったんですよね。ただ、ショートとしての期待が皆さんの中にもあり、プラス、フィギュアスケーターとしては2分50秒弱というところに若干運命を感じてしまい。原作がバチバチに競技フィギュアを突き詰めている姿があるので、じゃあ競技フィギュアで使えるものにしようと思って、こんな構成にしてみました。
羽生結弦:原作を読んでる人間、この楽曲をずっと聞いてくれてる人たちがこのプログラムを見た時に、進研ゼミじゃないけど「あれでやってたやつだ」というのはやっぱり欲しかった。それと、「羽生がやるんだったら──あれでやってたやつだ、そっからそれもやんの?やっぱ羽生すげえわ」みたいなところまで行き着かないと、僕がやる意味がないのかなというところもあって。例えばフライングシットにしても、ただブロークンレッグという技をやるだけじゃなくて、そこからシットバックという違うレベルの取り方のものまで付け加えたり。4回転ルッツもそうですし、夜鷹が飛んでいたというのがあって。あとはカウンターからのトリプルアクセルとか、4回転サルコウとか。全部ちょっとずつレベルアップさせて、ちょっとずつクオリティを高くして、アニメで見たやつプラスアルファで全部付け加えていった感じですね。最初は4回転サルコウ+ダブルトゥループという、いのりが飛んでるジャンプをそのままトレースすればいいかなと思ったんですけど、「足んねえや、この楽曲にはこの子たちじゃ足りねえわ」と思って入れてきましたね。4回転ルッツのところは、アニメのオープニングで光ちゃんがフリップを飛んでるところにタイミングを合わせに行ったりもしてます。出来上がったものとオープニングを重ねると、「あ、ここでリンクしてる」みたいなのがあるように、ちょっとずつ仕掛けを作っていったつもりではあります。
米津玄師:すごい、なんか眩しいです。今の話を聞いた上で、もう1回見たいですね、出来上がったやつを。漫画を読んだ知識はありますけど、さっきおっしゃられたような意図までは汲めてなくて。「自分がやるからには」というのがすごく強くあって、それを臆さず言葉に出すところが、果たして自分にもできるだろうかと思った時に、結構難しいことをやってらっしゃるなという感じがすごくする。そういうマインドだからこそ、ここまでの功績を獲得してきたんだろうなという、その片鱗を垣間見たような気がします。
羽生結弦:まあ結局、アスリートなんですよね。負けず嫌いなところはすごくあるし。
「米津玄師の魂を可視化するために、削ろうと思った」
羽生結弦:多分、人よりもただただ見えている理想が高いだけなんですよ。そこに対して自分の実力が足りないことも十分理解している。でも実力が足りないからこそ、多分その理想を見続けるんだろうな。実力が足りてる状態の理想は多分夢にもなれないし、手が簡単に届いてしまったら、きっと飽きてしまうんだろうなって僕は思ってて。この楽曲を託された時からすっごく理想が高かったのは、自分も初めてミュージックビデオというものに参加させていただくということと、何よりも、米津玄師からもらった魂を僕が可視化するためには、めちゃくちゃ高い理想じゃないと追いつかないなと思って。「これは死んでもやらなきゃいけないやつだ」って思って。だからもう「削ろう、全部削ろう」って思って。
米津玄師さんから見た羽生結弦さん──張り詰めた空気の正体
米津玄師:今日初めて実際に人が滑ってるところを見て、ものすごくダイナミックでスピード感があるという話をしましたけど、その中でも何度も何度も同じシーンをめがけて滑っていって、こっちからして見れば「すごい」としか言いようがないものでも、「いや、こんなんじゃダメだ」という。自分を鼓舞するように言葉にしながら、口に出しているようでいて、自分に向かっているんだろうなという様を見ると──言葉が正しいのかわからないですけど、オブセッション的というか、強迫観念のようなものが羽生さんの中には強く渦巻いてるんだろうなというのが感じられました。見ているこちらはどうすることもできない、固唾を飲んで見守るしかない。息も止まるような張り詰めた空気が流れていて、その空気自体を生み出してるのも羽生さんなんだよなって。あの空間全体が羽生さんの「もっと良く、より良く」という感情で支配されている空気感を傍で見ていて、「これはとんでもないものを持って生まれた人なんだな」というのを本当に感じましたね。
羽生結弦:強迫観念みたいなものは、確かに常にあるんだと思うんですよ。「こうしなきゃいけない」「こうでなくてはいけない」みたいな。今回は、米津玄師という人の魂に対して向き合うということが「これじゃダメだ」というものだったし。僕でいなきゃいけないとか、羽生結弦でいなきゃいけないとか、そんなんじゃなくて、この楽曲に、この魂に対してふさわしくないってずっと思ってたんで。「お前こんなんでいいのかよ」みたいなのをずっとやってました。ああやって僕は作られてます、基本的に。フィギュアスケートって、表に出る面はすごく華やかだし優雅だし、綺麗なところ、かっこいいところを見せなきゃいけない。でも、あの姿になりきるまでは、もう本当に地獄のような……よく「ナイアガラの滝に落ちに行くみたいだ」と言われたことがあったんですけど、本当にナイアガラの滝に落ちていくような気持ちでジャンプの練習をしたりしてますね。いつ死んでもおかしくないなっていう。
自分を削り、研ぎ澄ませていく──「日本刀みたいなもの」
米津玄師:テレビの向こうで映っているのは優雅に滑っている姿で、きらびやかで美しい、架空の存在のようなファンタジックな印象が強く届いてくるんですけど、実際に目の当たりにしてみると、生々しい。質量を持った生の人間がちゃんと踊っている。スケートの刃が氷を削る音だったり、踊れば氷の粉が飛び散ったり、ジャンプから降りる時も思った以上に大きな音がしたり。ここで質量を持って人間が1人で踊ってるんだと感じれば感じるほど、これは決してファンタジーなんてものではなくて、華麗に優雅に踊っている、そこにたどり着くまでの間に、ものすごい試行錯誤、あるいは地獄のような訓練があったんだなと。優雅であることが、その裏返しのように見えてくるというか。そういう意味でも少し恐ろしくなるような。この美しさを獲得するまでに、一体どれくらいの、という。
羽生結弦:日本刀みたいなもんなんですよ、自分の中では。日本刀を作り上げていく時に、めちゃくちゃ叩かなきゃいけないわけじゃないですか。熱して叩いて、熱して叩いてを繰り返して、最終的にあの鋭さになって、綺麗な波紋やシルエットができる。その叩かれる作業を僕らはしないと、いくらやっても鉄の塊でしかない。どんな形にしたいかをずっと考え続けて、叩きまくって綺麗にしていくという作業はすごくやってるし。あとは今回、この楽曲から感じた質量みたいなものが結構生々しいなって僕は思ったんですよね。全肯定でありながら、すごく広いところから背中を押してくれるんですけど、そこにちゃんと人間がいる感じがした。だから僕は、このBOW AND ARROWを表現するとなった時に、人間でありたいなって思ったんですよ。人間を超えるような演技をしたいけど、中身の泥臭い人間らしさみたいなものをちゃんと出したいって思って。これは簡単にできているものでも、架空のものでもなんでもなくて、生身の人間が生身の人間を超えていくための応援歌っていうか、そんな感じの印象がありました。
「ピースサイン」と「BOW AND ARROW」
米津玄師:セルフオマージュというか、ちょっとした延長線上にあるつもりで。「ピースサイン」という、子供の目線で突き進んでいく曲を作っていて。今回メダリストという漫画の曲を作るにあたって、先方からも「ピースサインのようなテイストの曲にしてほしい」というオーダーがあったりしたので、すごく腑に落ちる感覚があった。「その先で作れるな」と思ったんですよね。自分も年を取って大人になって、あの頃子供の目線で作っていた音楽を、今はそれを支える側として作れるんじゃないかと。そういう風に自分の来歴を振り返ってみると、あらゆる人に支えられながら生きてきたんだなということに改めて思い至ったというか。自分の人生において、コーチとか師匠とか先生みたいな人がほとんどいない人生を送ってきたんですよね。音楽も見様見真似でやってきたし。もちろん「自分だけでなわけないよな」と頭ではわかってるつもりでも、野良の人間からここまで這い上がってきたという自負があったんですよね。だけれども大人になって思うのは、ありとあらゆる関わってくれた人、いろんな人に支えられながらの、ものすごくちっぽけな存在だったんだなということが、今になってようやく身にしみてわかるようになってきた。いろんなことに守られながら、その中で甘え散らかしながら生きてきたんだなって。それがわかってからは、誰かを肯定するというものを、自分なりの形で、頼れる限りの力を尽くして作らないことには、メダリストという漫画にも示しがつかないし──一番イメージしていたのはいのりちゃんですけど──彼女に対して責任が取れない。そういう気持ちにさせてくれましたね。
米津玄師:応援するって、それはそれで非常に恐ろしいことでもあるじゃないですか。人の背中を押すのって、それなりに責任があるというか。押される方にも進んでいかなきゃいけない恐怖心みたいなものがあるけれども、押す方にもそれなりの覚悟がある。その責任を負うことができなかったというのは正直なところだと思います。結構俺はそっち側の人間なんですよね。「頑張れ」とか励まされるのが「関係ねえし」みたいな、そっちに入っていっちゃうタイプの人間だったから。でも、ああいう素晴らしい漫画と出会って、それに対して自分が曲を作るとなると、もうそんなこと言ってられない。自分はもうそういう立場になったんだし、そういう役割を担っていかなきゃいけない存在になったんだから、ウダウダ言っててもしょうがねえよなっていう。圧倒的に「こうしよう」じゃないと話は始まらないという、腹のくくりが必要だったかもしれないですね。
羽生結弦:「ピースサインのような、というお話を受けていた」というのを他のインタビューで拝見させていただいてて。オタクなので。どう表現するかを考えていた時にそのインタビューに出会ったので、アンサーソングではないけれども「違う視点から押せるようになったよ」という話を聞いた時に、「じゃあ僕は逆に、ピースサイン側で滑るのが正解なのかもしれないな」と。元々ピースサインが大好きな楽曲だったので、そこからさらに「じゃあピースサインももう1回入れ直す」みたいな感じで入れて。「生まれてきたんだ」というフレーズ、あそこエフェクトをかけてるじゃないですか。自分の中のイメージなんですけど、エフェクトがかかってるということは、応援してる側と、矢の側・選手側が一瞬リンクした場面なのかなと。そこまでは放つ側の視点で動いてる物語が、一瞬、放たれた側の物語もリンクするのかなと思って。あそこの力強さは、ちょっとピースサインをイメージしてますね。「生まれてきたんだ」って、どういう意味での「生まれてきた」なのかと考えた時に、歌詞の流れだけじゃなくて、ピースサインで描かれているような、あの子自身の生まれてきた意味みたいなものを出したいと思った時に、ああいう振り付けになった、みたいなところもあります。
“弓矢”と”結弦”──タイトルに宿った偶然
米津玄師:BOW AND ARROWというタイトルは、実際のところワンコーラス・1番を作るまで全くなくて。サビの最後の「手を離す」というワードから連想していって生まれたタイトルなんですよね。弓と矢という、庇護するものとされるもの、押し出すものと押し出されるものという関係性から連想していって。弓道とは全く違う競技ではありますけど、その凛とした感じとか──あくまで個人的な印象ですけど──すごくリンクする部分があるんじゃないかなと思って。その後、羽生さんにMVで滑ってもらえたらそんないいことないなと思って、本当にダメ元でオファーしてみたら受けてくださって。受けてくださってから、はたと気がついたんですよ。「結弦──弓もついてるし弦もついてるし、なんか共通してない?」みたいになって。監督の林響太朗さんも、「今回も響太朗さんがいいんじゃないか」となったら、響太朗さんがたまたま羽生さんの公演のお手伝いをしていて。進んで行けば行くほど偶然が重なり合って、1本の道に進んでいってるような感じがあって。タイトルをつけた時も「これしかない」という確信はありつつ、つけた瞬間からいろんなことが1本の道で進んでいってるような気がして。すごく不思議な体験だったなと思いますね。
羽生結弦:僕はオファーをいただいた時から、すでに楽曲の名前がついていたので、その名前から「おお」となる感じはありました。タイトルから「うおお」って、運命を感じさせていただいて。
米津玄師:順序が逆じゃないんですよ。羽生結弦がいるからBOW AND ARROWになったわけじゃなくて、本当にBOW AND ARROWってつけたら「いたじゃん」って。たまたまいたっていう。”結弦”に弓、ついてたじゃんみたいな。俺の名誉のために言いますけど、そこに邪な気持ちがあったわけじゃないということだけは、ちょっとね。
羽生結弦:弓と矢って、すごくフィギュアスケートらしいなとちょっと思ったのは、コーチが手を離した瞬間から、触れることはできないんですよね。僕らが氷上に立って演技してる時間って、もう飛んだ矢のごとく何もできないというか。ただその矢が突き進んでいくのを見るしかできないし、もしかしたら勝手に落ちちゃうかもしれないし、風に吹かれて曲がっていっちゃうかもしれないし、途中で雷に打たれたりするかもしれない。予測はして手を離してるはずなんだけど、何もできない。ただ押すことしかできないというのが、すごくフィギュアっぽいなというイメージは、自分の中ではありました。
「BOW AND ARROW」ショートプログラム本人解説
羽生結弦:最初にイントロを聞いた時、僕は「これはコーチとの対話を終えて滑っていく姿だ」と思ったんですよ。だから本当は、試合の時にコーチに「行ってらっしゃい」と言われて「行ってきます」というシーンを出そうかなと一瞬思ったんですけど、何せショートにしなきゃいけないという使命があって、それが出せないなと。じゃあ、孤独から立ち上がっていく姿でもいいのかもしれないと。放たれた後、リンクにポツンといる選手が立ち上がって、飛び上がっていくみたいな連想から、最初のポーズはああいう風になっていって。本当は最初のイントロの部分はスピンだと思ったんですよ。でもショートプログラムのスピンって3回と決まってるんで、ここでスピンをやるわけにはいかないと。最後の最後までスピン4回説をずっと悩んで。でも4回だと、最後のスピンがカウントされずに点数がなくなっちゃうんですよ。でもあの音はやっぱりスピンだなと思ったんで、ツイズルを変形させたシットスピンのポジション、割と僕が代名詞として使っているような振りにしてみたりとか。競技のショートプログラムを知ってる人間からすると、50秒ぐらいでやっと1本目のジャンプが来るのは正直ありえないですよね。最初のジャンプは大体20秒ぐらいで飛ぶんで。疲れる前に、めちゃくちゃ集中してる時に、一番難しいことをやりたいんですよね。スピンから始まるのもありえないし、ステップから始まるのもありえないけど、この曲は1発目のジャンプはあそこで飛ばなきゃいけないというのがあったんで。だから、あの構成は「ショートっぽいんだけどショートじゃねえ、でもショート」みたいな感じにはしましたね。
米津玄師:それは、音を聞いてくださったということですもんね。
羽生結弦:この音はこれじゃないとダメだ、という。ありえないですね、ジャンプ1本飛んで、しかもその後全然助走がない状態から、カウンターからのアクセルを、しかもジャッジの目の前で飛ぶ。真ん中で飛ぶということは、フェンスまでの距離がめちゃくちゃ短いので、恐怖心との戦いもあるんですよ。思い切って飛べないというのもあるので。でも「ここじゃないとダメだ」と思って。すごくいろいろこだわりを詰め込みましたね。あとは最後のポーズは、原作の中でいのりが膝をついて上をパーンとやるシーンがあったんで、それにしようと思ったんですけど、「なんか違う」となって、米津さんの前でだんだん変わっていきました。最終的にどれが使われるのかわからないですけど、僕は手を離された側だったんで、放たれた矢の行方みたいなものを、手で最後の最後まで表現しきりたいなという気持ちはありました、最後のポーズで。本当にベタベタにいのりにしようと思ったんですけど、「別にお前がいのりをやらなくていいじゃん」となっちゃって。
米津玄師:こちら側からすると、やっぱり羽生結弦でいてほしいという気持ちはすごくあるかもしれない。
羽生結弦:それがすごく難しくて。最初にオファーをいただいた時に、プログラムにするかどうかをお聞きしたのと、あとは「誰のイメージなんだ」というのを。最初から司視点でいのりを見ているイメージが強かったので、司なのか、いのりなのか、夜鷹っぽくするのか、色々ご質問させていただいて。そしたら「羽生でいてください」みたいなことを言われて。「羽生でいろ」っていうのが一番難しいんだよなあ。
羽生結弦さんと夜鷹純の共通点?
米津玄師:自分で行くのか、キャラクターの中の誰かで行くのかという話があったと思うんですけど、原作においては夜鷹って、キャラクターは全然違いますけど、立ち位置的には似てるものがあるというか。そこら辺どう思います?
羽生結弦:嬉しいは嬉しいですよね。いわゆる「イマキャラ」っていうやつに例えていただけるのは、めちゃくちゃ嬉しいですよ。「マジか」と思って。あんなかっこいいキャラでいいんだって。全然キャラは違いますけど、多分スケートをしてて、今日見せた姿だったり、あれの前段階とか、あれを超えた先は、あんな感じになります。でもあれは人に見せる姿じゃないというか。ああいう、中身冷酷なところがあるっちゃありますね。あとは、犠牲を払うことによって掴める栄光みたいな。「あ、すっごいわかる」って。
“幸せ”と”犠牲”──不幸ポイントと生きる証
羽生結弦:僕、平昌オリンピックの時に、ひたすら不幸を貯めるという作業をしてたんですよ。
米津玄師:意味わかんないですよ。なんですかそれは。
羽生結弦:人生においての幸せって、きっと不幸が貯まれば貯まるほどプラスになる、という説をなんとなくその時信じてたんで。じゃあめっちゃ不幸になったら、めっちゃ幸せになれるんじゃね、という単純なことから、ひたすら毎日「不幸になろう、不幸になろう」と思って、不幸ポイントを貯めてましたね。やりたくないと思ったことを率先してやる、みたいなことをしてました。
米津玄師:変な人ですよね。でも、わからんでもない気はしますよね。マイナスがあればあるほど、みたいな。そういう体験が死ぬまでの間にいっぱいあるのって、すごく幸せなんだろうなという。
羽生結弦:幸せって、きっとマイナスなことがあるから気づける。先ほどの「自分はこんなに支えられてたじゃん」という話とか。僕はやっぱり震災があったりとか、すごく濃密な期間を競技者人生の中で過ごして、「こんなに支えられてる人間いねえわ」と思えるぐらいのパワーを、1人でやるという競技から学んだというか。1人で滑ってるけど、こんなに応援してもらえる人間いないじゃん、という経験をものすごくさせていただいたので。それはきっと、震災というすごくマイナスな経験から、こんなに身近に幸せがあるんだということに気づけたことと、例えば6分間練習で衝突して立ち上がれなくなった時とか、流血した時とかに、どれだけの人に支えられて滑ってるのかを実感できたから。「自分1人じゃなかったんだ」と思えたりしてたんで。マイナスって、悪いことだけでもないなって思ってます。
米津玄師:だから、犠牲を払えばという気持ちはわからなくはないし、でも犠牲を払わないで済むんだったら、それに越したことはないというのもすごくわかるし。綺麗事かもしれないけど、という気持ちもわかるし。どっちもどっちですね。
米津玄師:何か1つの方向に極まっていこうと考えると、何かを犠牲にしたいと露ほども思っていなくても、そうなっていく。それは自分でも自覚がなかったりするし、なんならそれが楽しいことだったりする。自分もそれに付きっきりになってしまうことがよくあるんですけど、そういう姿を友達が見ると「かわいそう」って言われる。
羽生結弦:言われます、言われます。わかります。すごい言われます。
米津玄師:「すげえかわいそう」って言われるんだけれども、自分にとってはそれが非常に自然なことであって。犠牲にするしない以前に、それが1番心地いいということだったりするし。
羽生結弦:それを達成するためには、して当然というか。選択肢にもない、みたいなところですよね。僕はフィギュアスケートをやっていて、競技者として生きていく中で、こういう価値観を普通に共有できる人間って、今のところいないんですよ。
米津玄師:何かを生み出す時って、楽しいだけじゃないじゃないですか。めちゃくちゃ苦しい時の方が絶対多いし、出来上がってもそこに自信がない時ももちろんあるし、何回も手を加えたい時もあるし。それでも何かを求めてそこにしがみつくのって、きっと性(さが)なんだろうなっていう。そこに幸せがあるとは限らないけど、それをしていることが、生きているという実感が湧くこと、みたいなところなんだろうな。子供の頃は「絵を描けるから、このようにいていいんだ」みたいに思っていた時もあるし、神経質になった時に、音楽を作ることによって逃してくれたり、ある種の精神安定剤みたいになる時もあったり。自分の人生において、いろんな形、いろんなベクトルで自分を救ってきてくれたという、すごく強い実感がある。これはもうほとんど自分の人生の半身みたいなものになっていて、それに対して自分が諦めてしまったら、もうそこまでだよなという感覚がすごく強くある。もちろん前提としてすごく楽しくやってますけど、それを楽しんでいられるために、ものすごく必死にやってるという感覚がすごく強くありますね。
羽生結弦:多分きっとそこが、自分と米津さんが共通する部分なのかなって思って。1つのものに対して手段を選ばないというか、選ぶという選択肢がそもそもない。「楽曲できねえわ、遊ぶか」みたいなことじゃなくて、そこに突き詰めていくことこそが、その時間が楽しいし、その時間に生きがいをすげえ感じてて。僕も、いのりじゃないけど、4歳からスケートをやってて、5歳か6歳ぐらいの時に「スケートやめなさい」ってすげえ言われたことがあって。本当にやめなさいと言われてるわけじゃなくて、「そんなに練習したくないんだったら」とか。結構サボりがちだったんで。遊びたかったし、野球が好きだったから野球もやりたかったし。でも、もうその時点で僕は、スケートをやれないんだったら生きてる証がない、みたいなことをすでに思っちゃってたんですよね。それは今でも考えてはいて。氷上に立てなくなって、これが消えてしまったら、きっと自分じゃなくなってしまうだろうなという怖さと、あとは、理想に対して追いつけなくなった瞬間に、自分という存在の証明ができなくなってしまうというのは、常にあるような気はします。
米津玄師:このように生み出して、見てくれる誰かに届け続けることが、自分が存在している意味とまでは言わないけど、証になるよな、みたいな感じはしますね。それがないと、非常に腑抜けた人生だろうなという感じがすごくする。意味はないんですけどね、特にね。そういう風に生まれてきてしまったっていう。まあ、楽しいですけどね。
羽生結弦:楽しいですけどね、本当に。やっぱり聞いてくれたり見てくれたりしてる皆さんが、「感動した」とか言ってくれるのは嬉しいですよね、なんだかんだ。
米津玄師:嬉しいですね。「身を削って良かったな」って。反骨精神とか天邪鬼なところももちろんあるんですけど、生み出したんだったら、そういう風に言ってもらえる人がいたら、やっぱり嬉しいよなと思います。
羽生結弦:僕も振り付けとか選曲をさせていただく時に、誰しもが喜ぶような、万人受けする「みんななんとなく納得できるよね」みたいな共通項があって、そこを狙えばいいというやつがあって。いろんな方に「届け」と思って作っている限りは、ある程度それを含んだ作品を作っていかなきゃいけないけれども、そこに自分にしかできないもの、届けたい思いが、ちゃんと存在しなきゃいけない。
米津玄師:非常にわかります。そこのバランスが非常に難しい。本当は50と50でいてほしいんですけどね。それが理想だなと思うんですけど、本当に難しいことだなと常に思いながら曲を作ってますね。
まとめ
約57分にわたる対談は、単なる共演の裏話にとどまらず、ジャンルの異なる2人の表現者が「理想の高さ」「強迫観念」「犠牲と幸せ」という共通の核を見つけていく過程そのものでした。「削ろう、全部削ろう」という羽生さんの言葉と、「性(さが)なんだろうな」という米津さんの言葉が、対談の最後で1つに重なっていきます。
ファン必見なのは、37分37秒からのショートプログラム本人解説です。スピンの回数制限、1本目のジャンプの位置、ラストポーズの変遷まで、競技ルールを踏まえた「ショートっぽいけどショートじゃない、でもショート」という構成の意図が本人の言葉で語られる、極めて貴重な記録です。
「BOW AND ARROW」と名付けた後に”結弦”の名に弓と弦を見つけたという偶然も含め、この共演がいかに必然のように編み上がっていったかが伝わる動画です。MVやアニメ「メダリスト」のオープニングをもう一度見返したくなる対談、ぜひ本編でお楽しみください。

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