安藤美姫 ステファン・ランランビエール

安藤美姫とステファン・ランビエールの対談動画です。映像はswissinfo.chで配信されたものです。


スイスのスケート・ショー「アート・オン・アイス(Art on Ice)」に出演した安藤美姫選手とステファン・ランビエール。「荒川・ランビエール対談」に続き「安藤・ランビエール対談」をお届けする。

安藤選手は「ブラック・スワン」を情熱的に、ランビエールは新作「私の体は鳥かご」を内面を細やかに表す振りで演技。

形は違うが「演技に心を入れ込むタイプ」の2人のスケーターに、表現やそのための音楽の役割などについて聞いた。また安藤選手が企画する震災支援のイベントについても語ってもらった。

swissinfo.ch : まず、お互いのパフォーマンスについて、それぞれ語っていただけますか?

安藤 : 私から?ステファンについて話すなんて、勇気がいる。

ランビエール : 恥ずかしがらずに、がんばって。

安藤 : ステファンには、彼がトリノオリンピックでゼブラ(シマウマ模様)の衣装を着たときに初めて出会って、「これはすごい衣装だ」といい意味で驚いた(感動の笑い)。ほかの人とまったく違った衣装を着るというのは素晴らしいこと。ステファンだからできるのだと思う。

一般的に、ステファンは観客にスケートを楽しんでもらうことを知っているスケーター。また、音楽に完璧に乗った動きができ、ジャンプとスローのパートをうまく使い分けられる。

日本によく来てくれるので、同じリンクでステファンと演技できる機会が多いのはとても幸せ。今回も、世界的なショー「アート・オン・アイス」で、ほかの素晴らしいスケーターと、そしてステファンと一緒にパフォーマンスできるなんて。長年夢見ていたことなのでとてもうれしく感じる。

ステファン、あなたのように演技できたらといつも願っているのよ。

ランビエール : ありがとう。

swissinfo.ch : では、ランビエールさんはいかがですか?

ランビエール : 僕は、君のことをずっと前から知っていたんだよ。

安藤 : えっ、本当に?

ランビエール : そう。君のスケートのことを初めて聞いたのは、カロリーナから。彼女は君と一緒にジュニアグランプリファイナルに出場したから君のことをよく知っていた。

カロリーナが「ステファン、美姫のパフォーマンスを観た方がいいよ。若いのに才能があって。素晴らしい」と言っていた。

それで、君のビデオを観て感動した。若いのに、はっきりとした意志のようなものがあり、心の内に強いエネルギーを持っている。それにジャンプに優れている。

もちろん若いと自分をプッシュしやすいものだ。しかし美姫、君の場合は一つの競技が終わっても、さらに自分をプッシュさせる競技者の強い精神がある。だから君のスケートが好き。

それに単にジャンプに優れているだけではなく、リンクの上で君は心を解放する。また、ほかのスケーターと違って何か一味違うものをスケートに加えることができる。

安藤 : それはすべてステファン、あなたのお蔭。コーチのニコライも世界で一番のスケーターはあなただと言っている。もちろん、世界中に優れたスケーターはたくさんいるけれど、心を演技に加えられる、それもさまざまな感情をさまざまな方法で加えられるのは、ステファンだけ。(ステファンの照れたような反応に)本当よ。これは。

swissinfo.ch : お2人は、演技に心を入れ込むことのできるスケーター。しかもアーティスティックな方法で、情熱や深い感情の表現をされます。それには、音楽の選択、振り付けなどが重要なのか。それとも、単に心をリンク上で解放することが大切なのでしょうか。

安藤 : すべてが大切な要素。でも感情は内部から湧き出てくるものだから、
ある音楽から何も感じないと、感情投入はできない。また、同じプログラムの同じ曲でも、その時の感情によって楽しく、または悲しく演技してしまう。

ランビエール : 我々2人は恐らくとてもセンシティブなタイプ。だからすぐに感情が表に出てしまい「今日、ステファンは幸せそうだ、または悲しそうだ」など、見えてしまう。センシティブな人は(そうでない人よりも)性格などが表に出やすい。

安藤 : でもステファン。あなたは違う。あなたには強いものがすでに出来上がっているから、たとえ疲れていても、怒っていても、いつも完璧に演技できる。
ところが、私は(ステファンほど)強くない。悲しかったりすると心が閉じてしまう。

ランビエール : えっ。君が強くないって? 違う、君は強いよ。

僕にとっては、優れた音楽性や振り付け、そのほかの要素が完璧に調和することはもちろん大切。でもそれに加えて、人生の経験が重要だと思う。人生での経験が多ければ多いほど、より多くの感情を観客に見せることができる。

人生を知れば知るほど心を観客に対して、そして世界に対して開き、感情を表現できるようになる。だから、若いスケーターに、世界に対して心を開き、水を吸うスポンジのようにさまざまな経験をしなさいとアドバイスしたい。もっと好奇心を持つことだと思う。

安藤 : そう、その通り。ただスケートをやっているだけでなく、違う文化に触れたり、さまざまな人に出会ったり、ショーにでかけたり、それが大切だと思う。

swissinfo.ch : 感情表現において、例えば音楽はどんな大切さを持つのでしょうか?また曲の選択はどう行われるのでしょう?例えば安藤さんの場合は、モーツァルトのレクイエムはどういう形で選ばれたのでしょうか?

安藤 : 音楽は普通コーチと決めることが多く、神の存在を表現するレクイエムもコーチとオリンピックに使おうと決めた。でも私自身にとっては「父の為に選んだ」というところもある。父は私のスケートを観たことがない。私が8歳の時に亡くなり、私は9歳になる直前にスケートを始めたから。

でも、リンク上で演技するとき、いつも父にジャンプがうまく行くようにと祈るし、父は私の傍にいて助けてくれていると感じる。だから、スケーターとしての人生を与えてくれ、助けてくれている父に感謝の心を伝えたい、そういう気持ちでこの曲を選んだ・・・。

ランビエール : (静かな口調で)君のお父さんは君の傍にいる。それは確かだよ。

安藤 : そうね。そうだと思う。

ランビエール : 僕の場合、音楽はとにかくたくさん聞く。また、インスピレーションを得るため多くのショーに出かける。それはバレエ、スケートショー、映画、など、さまざま。僕はとにかく好奇心に溢れていて、いつも新しい音楽を求めている。

ラジオを聞いて、ある一つのビートにピンときて、「あっ、これが次のプログラムの方向性を決めてくれる」と思ったり、ドラムを聞いて「おっ、ドラムだけでやるのもいいかもしれない」などと考える。

ある意味で、人生が自分の進むべき方向性を示してくれるというか、行くべき道にに自然と光があたり、そのまま進んで来た。そういう意味で、僕はとても幸運だし、いつまでも道が光輝き続けるよう望んでいる。

swissinfo.ch : では、コスチュームの色はどうでしょう。お2人とも、とても色を大切にし、しばしば色がプログラムの内容の象徴的な役割を果たしているように見えますが。

安藤 : 色といっても、普通はプロのデザイナーがコスチュームを決め、幾つかのパターンを見せてくれるので・・・。

ランビエール : 君自身が色を決めることはない?

安藤 : そうね、私は強い色が好き。例えば、赤、ワインレッド、黒など。軽い色は好きではなく、それは私には似合わないと思うので。でもコスチュームも、時々自分でデザインすることもあり、例えば「ブラック・スワン」は、映画も観て、こうしたいというアイデアがあった。黒鳥のイメージを出したいけれどクラシックバレエのようなコスチュームではだめだしといろいろ考え、スタッフに提示した。

ランビエール : 僕にとっては、色も大切な要素だが、コスチュームで「どういうスタイルを提示したいか」ということが最大の関心事になる。どういう精神性、コンセプトでプログラムをやりたいかがまずあって、それでスタイルが決まり、次いで色が決まる。

スタイルとは、モダンなものか、常識を超えた衝撃性のあるものか、物語性を十分に語るものかなど、さまざまでそのときのプログラムによる。

例えば、今回のアート・オン・アイス用の新作「「私の体は鳥かご(My body is a cage)」には、皮のジャケットと金属ワイヤーがコスチュームに絶対必要だとはっきり分かっていた。

なぜなら、プラグラムのコンセプトは、「我々はいったい誰なのか。本物の自分か、それとも仮想の自分か」という問いを投げかけることにあった。今、世界は病んでいる。インターネットで絶えず繋がり、フェイスブック、ツイッターで表現する自分とは何だろうと問わざるを得ない現実がある。

こうしたネットでの繋がりを示すため、肩と胴に金属ワイヤー付けるようデザイナーに頼んだ。たとえ遠くの観客からはそれが見えなくても、自分自身にとって(ワイヤーがあることが)大切だった。皮のジャケットは、コンセプトの深い感情、粗い側面を出すために必要だった。

いすれにせよ、僕の場合、コスチュームに自分のアイデアを取り込んでもらえるようデザイナーとコラボする形がほとんど。

swissinfo.ch : 最後に、3月に安藤さん企画の震災支援スケート公演「リボーン・ガーテン(Reborn Garden)」が横浜で開催され、ランビエールさんも招待されていると聞きました。安藤さんには企画を行った理由を、ランビエールさんには参加する理由を教えてもらえますか。

安藤 : 今年は競技をしないと決めたので、何か東日本大震災に対し支援できることを探していた。単にチャリティーでもアイス・ショーでもなく、東日本で起こったことを忘れないためのイベントをやりたかった。
「リボーン・ガーデン」と題したのは、まさに再生を、前に進んで行くこと、新しく始めることを願ったから。

また、ステファンを招待したのは、彼が温かい心を持っているから。競技に勝つことだけを目指すスケーターが多い中で、ステファンは人の心を理解し、人に対して暖かい。そういうスケーターにこのイベントでは演技してほしいと思っている。 

ランビエール : 美姫、君がこのイベントを行うのは素晴らしいことだよ。被災者にとって強い支援になると思う。僕自身、今回の災害に衝撃を受け、自分にできることをしたいと願っていた。少しでも援助ができるならと。みんなが、少しづつ自分のできることをするのが大切だから。僕の場合は、君が言うように演技に心を込めたいと思っている。

リボーン・ガーテンが美しい再生の庭、輝く庭になることを願って。

安藤 : 私もそれを心から願って・・・。

(2012年2月15日掲載 swissinfo.ch「ステファン・ランビエール&安藤美姫、演技に心を込める2人 の熱い対談」より)



(swissinfo.ch)


(Youtube)