鹿島ドキュメンタリー『挑戦、その先へ』で見る、紀平梨花の新たな一歩

2026年8月に鹿島建設とアスリート契約を結んだ紀平梨花選手。鹿島公式YouTubeチャンネルで始まったドキュメンタリー『挑戦、その先へ』から、本社への挨拶に密着した#1、アイスダンスへの思いを語る#2、これまでの競技人生を振り返る#3を紹介します。

#1 鹿島本社へ ─ 所属選手としての第一歩(2026/10/22公開)

動画の主な内容

  • 00:01 鹿島建設本社で社員が到着を待つ
  • 00:49 本社に到着、社員が歓迎
  • 01:20 桐生社長と対面・辞令交付、大会の結果を報告
  • 03:22 社員への挨拶とサイン
  • 04:49 「所属を背負って」全日本へ向けた思い

要点まとめ

舞台は2026年9月7日の鹿島建設本社。エレベーターの前で、社員たちが「ようこそ」の掛け声を相談しながら到着を待つ場面から始まります。紀平選手は鹿島にとって初めての所属アスリート。扉が開くと大きな拍手で迎えられ、紀平選手も「すごい!」と笑顔を見せます。

桐生雅文社長との対面では辞令が手渡され、「KAJIMA」の社名入りトレーニングウェアで記念撮影。前日には西山真瑚選手と組む「りかしん」として、結成1年目で初めての国際大会に出場して8位に入り、四大陸選手権の出場資格を獲得していました。その報告の中で、アイスダンスはノーミスが前提の競技で、成功率の低いリフトは入れず完成度を高めることが大事だと説明。社長は「全社を挙げて応援します」と送り出します。

続く社員への挨拶では、2030年のオリンピックに向けて努力していく決意を表明。来社記念のサインでは、頼まれた4枚すべてに快くペンを走らせ、日の丸付きの色紙に「かわいい!」と声を上げるなど、和やかな時間が流れます。

最後は、実際に訪れて会社の温かさを実感したと振り返る紀平選手。全日本選手権は所属を背負って出る大会になるとし、「強いバックがついている」という気持ちで挑み、しっかり成績も出したいと語っています。

#2 新境地、アイスダンス(2026/10/26公開)

動画の主な内容

  • 00:07 アイスダンスに挑戦できる喜び
  • 01:28 二人で感覚をそろえる難しさと、シングルとの違い
  • 02:34 「ガチな2人」と試合前の意気込み

要点まとめ

#2のテーマはアイスダンス。紀平選手は、まさか自分がアイスダンスに取り組むとは思っていなかったと明かし、いま挑戦できている喜びを語ります。どんな演技が生まれるのか、自分でもワクワクしているそうです。

難しさとして挙げたのは、二人が同じ感覚、同じ空気感とテンポ感にそろわなければ、いい演技は生まれないという点。一方で、ジャンプやスピンの形がほぼ決まっているシングルと違い、リフトを自由に作れるのがアイスダンスの魅力で、これまでのスケート人生や経験をプログラムに込めて見てもらいたいと話しています。

二人について「ガチな2人」と笑いながら表現し、成績を残すという強い気持ちは練習でも感じると紀平選手。りかしんとしてのカラーや個性を見てもらいやすい競技だからこそ、そこをしっかり出していきたいと語ります。試合前には、笑顔で終われる演技をしたいと意気込みを見せています。

#3 栄光の軌跡(2026/10/28公開)

動画の主な内容

  • 00:00 自分の性格は「完璧主義」
  • 00:44 スケートを始めたきっかけ
  • 01:12 選手を目指したきっかけとオリンピックへの思い
  • 01:46 トリプルアクセル初成功の喜び
  • 02:54 シニアデビュー、GPファイナル初出場・初優勝

要点まとめ

#3では、紀平選手のこれまでの歩みを振り返ります。冒頭、自分の性格を「完璧すぎ」と笑って表現。なんとなく楽しくやるのではなく、何のためにやるのかを大事にしていて、目指すところまで届かなければやる意味がないと思うほどだと明かします。

スケートを始めたのは4歳のころ。家族でリンクの一般営業に遊びに行ったのがきっかけで、4歳上の姉・萌絵さんに早く追いつきたい一心でスケート教室に入りました。初めての大会で3位ほどに入って結果が出始めると、もっと上を目指したいと思うようになり、小学3〜4年生のころにはオリンピックへの思いが芽生えていたそうです。

浅田真央選手を見て憧れていたトリプルアクセルは、14歳で日本女子4人目となる成功。最初に跳べたときは回転不足だったものの、試合で跳べたらと希望が見えた瞬間だったと振り返ります。15歳ではトリプルアクセル+3回転トウループの連続ジャンプに女子で初めて成功。目的もなく続けるという選択肢は自分の中になく、意味を持って目標を達成するためにやりたいという言葉に、競技への姿勢がにじみます。

2018年にシニアデビューすると、GPシリーズ初戦から2連勝し、GPファイナルでも初出場・初優勝。トップスケーターのようになるには「ここで戦って勝っていくしかない」と必死だった日々が、GPファイナルや全日本選手権、四大陸選手権での結果につながったと語ります。動画の最後は、ケガに苦しんだ「葛藤の4年間」を描く次回の予告で締めくくられています。